です。」
「僕は知らないよ。」
私は相手の様子を見調べた。初めから何だか変な奴だなという気がした。かねて聞いてたところでは、職工とそうでない者とは、手を見れば、殊に手の節を見れば、一番よく見分けがつくそうだった。が生憎その時男は古い外套のポケットに両手をつっ込んで、両肩をねじり加減に前方へつき出していた。その恰好は如何にも見すぼらしい職工風だった。然し、妙に鋭い眼付と耳の前の黒子《ほくろ》とが何だか[#「何だか」は底本では「何だが」]変だった。職工にだって耳に黒子のある者はいくらもある筈だが、その男の黒子はどうも職工らしい感じではなかった。
「じゃあほんとに知らないんですか。」
男は私の眼をじっと見つめてきた。
「本当に知らないよ。」
「そいつあ、弱ったなあー。」
男は何と思ったか、五十銭銀貨を一つ取出して、強いて私に握らした。
「わたしが寺田さんを探し廻ってることは、誰にも……家の人にも、内証にしといて下さいよ。警察にでも知れると一寸厄介ですから。……では、坊ちゃんは本当に知らないんですね。」
「ああ知らないよ。」
「弱ったな。」
男はなお暫くもじもじしていたが、溜息をつきな
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