を醸し出していた。
大人って馬鹿なものだな、何をびくびくしてるんだろう、とそんな風に私は考えていた。
或る日私が学校から帰ってくると、途中で、汚い身装《なり》をした労働者風な男が、にこにこ愛相笑いをして近づいて来た。
「あなたは西村さんの坊ちゃんじゃありませんか。」
私は喫驚して立止った。そんな丁寧な口を利かれたことは滅多になかったのである。
「西村さんの坊ちゃんでしょう。」
「そうだよ。」と私は多少得意になって答えた。
「そんなら、あの……寺田さんをよく知っていらした……。」
男は腰を低く屈めながら私の顔を覗きこんできた。
「そうだよ。」と私は答えた。
「では、寺田さんの居所《いどころ》を教えてくれませんか。わたしはもと、寺田さんと一緒に、子分同様に働いてた者ですが、急に用が出来て、寺田さんを尋ね廻ってるんです。何処へ行っても分らないから、あなたのことを思い出して……ええ、寺田さんから聞いていたんですよ……あなたなら御存じだろうと思って、家の方へ尋ねていくと、学校からまだ帰らないというんで、学校へ行ってみようと思ってたところです。……ねえ、坊ちゃん、寺田さんは今、何処にいるん
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