笑う声が聞えた。そしてすぐに、固い感じのする手で肩をしっかと捉えられた。私は冷りとした。
「あははは。」と寺田さんはまだ笑っていた。「お前は面白いことを云うね……。なるほど、星は動く……わたし達についてくる……。」
 もし他に通行人がなかったら、寺田さんは私の両肩を抱きしめたかも知れない。
 私は寺田さんを怒らしたように思っていたので、その如何にも愉快でたまらなそうな晴々とした顔を見て、きょとんとしてしまった。寺田さんは私の肩になお右手を置いたまま、左の短い感じの手で※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]のしょぼ髯をしごきながら、眼をくるくるさしていた。
「星がついてくるか……うむ……。」
 その言葉が何でそれほど寺田さんを感心さしたのか、私には分らなかった。――今でもまだよく分らない。
 ただ、実に綺麗な星空だった。

 大晦日の晩寺田さんの逃亡が分ったので、それからすぐに引続いた正月は、私達にとっていつもほど晴れやかなものではなかった。その上父までが職を離れたばかりのところだった。
「俺はもう世の中に用のねえ身体だから、この正月は家にすっこんで暮そう。」
「何を云ってるんだい、
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