だか私には分らなかったが、後になって考えてみると、一部の職工達の間に何等かの計画がめぐらされてたものらしい。
父は毎日、朝から酒を飲んでいた。酒は台所の縁の下にしまってある濁酒だった。時には一杯つまった一升壌が三四本も並んでることがあった。その上奥の方には、大きな甕が据えてあった。
「あの甕のことを人に云っちゃいけないよ。人に聞かれたら、酒はよそから買ってくるんだと云うんだよ。いいかい、忘れると承知しないよ。」
母は私にそう云って聞かしていた。そしてよく知ってる私にまで甕を見せまいとしていた。その理由が私にはどうしても分らなかった。なぜ自分で酒を拵えてはいけないんだろう。酒を拵えるとなぜ罰金を取られたり監獄に入れられたりするんだろう……。
私は或る時そのことを寺田さんに尋ねてみた。すると寺田さんはこう答えた。
「そうだ、お前の云うことが本当だ。だが、そんなことを人に云っちゃいけない。……今に分るよ。」
私はばかばかしい気がした。人に聞かれたらいつでも云ってやるつもりでいた。――幸なことには、一度も人に聞かれたことがなかった。
父は朝から酒を飲むばかりでなく、酒の肴に目差や※[
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