ような気がする事柄だった。
僕はその憂欝な気分にとざされて、長い間苦しんだ。父のロマンスを否定してかかろうとしたり、反抗的に凡てを母の前にぶちまけてみようとしたり、公孫樹を切倒そうかと考えたり、一切を忘れようとしたり、いろんな風に頭を向け変えてみたが、やはり気持は晴れ晴れとしなかった。先刻僕はあの大学の中で、砂利の煮られることを口では云っていたが、心ではアスファルトの方を見ていた。あの真黒な重いどんよりとしたやつが、ぐらぐら煮立ってるのを見ていると、当時の気持がふと蘇ってきたのだ。全く、釜の中に煮立ってるアスファルトを見るのと同じ気持だった。
所が不思議なものだ。学校から世の中に出て、厳めしいビルディングの中の狭苦しい室なんかに、毎日出勤するようになり、貧しい家庭生活にいじめつけられたり、社会の裏面を覗き見たりするようになると、父の気持が――美しいロマンスの潜んでる公孫樹に、足の皮や小便なんかをやって、伸びよ伸びよと心で叫んでいた父の気持が、ぴたりと胸に来るようになった。はっきり説明することは出来ないが、何だかこうどす黒い力強い気がするのだ。昔の日本風の建築と今の洋式の建築との違い
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