ら漠然と不安なのだ。事実を明るみに曝け出すよりは、一人で空想に耽ってる方が気安かった。ただ一度、「お千代さん」のことをそれとなく母に尋ねてみたが、昔祖母が世話になった人だというきりで、母は本当に何も知らないらしく、今は音信不通で居所も分らないと、顔色一つ動かさずに答えたのだった。
そして僕は、他に探る手掛もない異母兄のことや、父のロマンスのことなどを、いろいろ想像しながら、父があの公孫樹に、足の皮とそれから一時小便とをやっていたことに思い及んで、何とも云えない暗い気分に落ち込んでいった。
固よりそれは、父がしそうな事柄ではあった。どこか呑気で脱俗的な而も実利的な父の性格としては、由緒ある公孫樹に足の皮を与えるくらいは何でもないことで、場合によっては小便を与えるのも不思議ではなかった。然し、若い頃のロマンスの唯一の名残として、感情的に深く拘泥していたに違いないあの公孫樹へ、他の肥料は一切与えないで足の皮ばかり与えていたということが、そして遂にあの古い家まで買ってしまったということが、僕の感情にはどうしてもぴたりとこなかった。それは何かしら重苦しい陰欝な事柄だった。丁度蛇の死骸でも見る
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