だ。もう今では、香りのいい檜材なんかを鉋で削ってばかりはいられない。そういうことも必要だが、それ以下のことが――趣味的に以下のことが、更に必要なんだ。
 そして僕は、これからあの公孫樹に小便をひっかけてやろうかとさえ思う。父の意志を受け継いで、家敷の地所をも買い取りたいとさえ思っている。とてもそんな金は及びもつかないが、それが出来たら愉快だろう。家屋なんかどうだっていい。父が家屋だけを買ったのは間違いだ。家屋は他人の所有でもいいから、地所だけは所有したい気がする。地面から公孫樹はつっ立ってるのだ。
 勿論これは比喩的な話で、僕は実際そんなに所有慾はない。ただ僕には父の感情がぴったり胸に来るようになった、というそれだけのことなんだ。

「僕にもその気持は分るよ。」と私は吉住が話し終って暫くして云った。
「本当に分るのか。」と彼は不審そうに見返してきた。
「分るような気がするよ。」
「ふむ。」
 彼は曖昧に口籠ったが、眼に涙をためていた。
「だが、」と私は敢て尋ねてみた、「その父の話というのは、本当のことなのか。作り話か、それとも君自身の……。」
「いや本当に父の話だ。……こんどその公孫樹
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