事だ。
その釜揚饂飩が来る間に、話のついでから、私は彼に書きかけの原稿を見せた。第二作目の戯曲を三分の一ほど書いてるのだったが、どうも思うように書けないで気持が変梃だったので、その方の専門家たる彼に見て貰ったのである。
彼は私の原稿を一通り見終って、少しずつ欠点を指摘し出したが、しまいには全部いけないということになってしまった。
「どうも何だね、君の小説と戯曲とは、大学生と中学生との差があるね。」
私は苦笑した。そこへ、註文の食物が来た。そして彼は、釜揚饂飩と茶碗蒸と鮪の刺身と、妻の手料理の小鯛の塩蒸とを、みんなうまいと云ってくれたし、酒まで大変いいとほめてくれた。私は心外だった。美食家の彼にそんなものがうまかろう筈はない。然し彼はそれをみなうまいうまいとほめ立てて、一切残らず平らげてしまい、私の戯曲の方は、感服出来ないから書き直せというのだ。私は不平の余り、彼の審美眼と彼の味覚とに疑問を懐こうかと思った……がそれは止めた。
*
或るレストーランの二階、辰野隆君と山田珠樹君と鈴木信太郎君と私と、四人で昼食をしていた。この三人は立派なプロフェッサーで、私はその中に交る
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