てしまってる頃、のっそりした気配で彼がやって来た。
書斎に通ると、彼はこんなことを話し出した。
「君が帰るのを待つ三十分の隙つぶしに、自動電話に飛び込んで、さんざん交換手と喧嘩して来た。五銭銀貨一つで、あとは何度も何度も番号がちがってると云って、でたらめのことを云っていたら、しまいに交換手の方で怒りだして、少し口喧嘩をした後は、もういくら呼んでも出て来ない。面白い三十分を過したよ。」
それから彼は二十分ばかり雑談をして、またのっそりと帰っていってしまった。用なんか何もなかったらしい。
*
或る晩十時半頃、明るい街路を散歩してると、伊福部隆輝君にひょっこり出逢った。彼とそっくりの顔付をした、まるまる肥ってる重い子供を、辛うじて両腕に抱きかかえている。「やあ。」と出逢頭の挨拶を交わしてると、後から彼の細君がつつましく丁寧に頭を下げてるのが、初めて私の眼についた。
「どうしたんだ、今頃……。」
「いや……そこの寄席に小勝が出てるもんだから、一寸聞きにいったんです。」
「ふーむ、」と云ったきり私は彼等三人の姿を眺めた。そして、そこらでお茶でも飲もうかということさえ忘れて、その
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