って、岩の片面に牡蠣みたいな貝類が曝し出されている。
「君、」と彼は突然私の方を見返った、「牡蠣が沢山あるよ。この牡蠣という奴は、取立ての海水で洗って食べるのが一番うまいんだ。食ってみようじゃないか。」
そこで私達は、手頃な石を拾って、岩に密着してる貝殼を叩き破って、中のぶよぶよした肉を取出し初めた。所が、色といい格好といい、どうも本当の牡蠣であるかどうか疑わしい。それでも彼は二つ三つ海水で洗ってすすり込んだ。私はうまくとれなかったので、一つ二つ口に含んだがすぐに吐き出してしまった。
それから暫くして、教官室の方に帰っていく途中、彼はふいに顔を渋めて唾をぺっぺっと吐き出した。
「どうもさっきのは、牡蠣ではなかったかも知れないよ。胸が悪くなってきた。」
私は黙って彼のひょろ長い姿を眺めた。そして彼が食ったのが果して本当の牡蠣だったかどうか、いくら考えても分らなかった。
*
或る日私が出先から家に帰って来ると、百間こと内田栄造君が先程訪ねてきて、三十分ばかりしたら帰る筈だと云ったら、じゃあまたその頃来ると云いおいていったとの、家人の話だった。そして私が洋服を着物に着換え
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