った。」
 ははんと私は思うのである。そして二人でからからと笑い出したのであった。
      *
 或る時、新城和一君が風のように飛びこんで来て、下手な将棊を五六番やって、また風のように飛び出していった。
 飛び出していく時、梯子段をとんとんと子供のように馳け下りて、そのはずみに玄関の障子につき当って、立ち直りざま、ひょいと沓脱石の上の下駄をつっかけ、「さよなら、」という声と共に、玄関に揃えてあった他の二三足の下駄を蹴散らし、格子戸にごとりとつき当り、格子戸の敷居に躓き、そのよろけたはずみで、表の戸をがらりと引開け、戸と柱と敷居とに身体中でぶつかって、あっと思うまにもう戸を閉めて、ぷいと消え失せてしまった。
「まあ!」という気持で見上げる妻の眼付に、私はくくっと忍び笑いで答えたが、心は嵐の吹き過ぎた後のように惘然としていた。
      *
 震災前のことだが、芥川竜之介君と私とは共に、横須賀の海軍機関学校に教師をしていた。学校の運動場がすぐ海に続いていたので、隙な時間にはよくその海岸を散歩した。
 或るうち晴れた日の午後、私はまた芥川と一緒に海岸を歩いていた。よく凪いだ海が干潮にな
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