。彼は有名な梯子酒で、夜の二時までも三時までも、凡そ酒を飲ませる家が起きてる限りは、私をつかまえて放さなかった。
 或る晩、やはりそうした彷徨の後、私達はすっかり酔っ払って、夜遅く街路を辿っていた。すると、彼はふいにその電車通りから、薄暗い横丁へ切れこんでいった。暫く行くと、とある家の前に立止って、その表戸をどんどん叩き初める。
「僕の友人がいるから一寸寄るんだ。」
 然しいくら叩いても、家の人は起きてこない。
「馬鹿によく眠ってやがる。」
 彼はあきらめて歩き出す。そして四五軒先に行くと、また立止ってそこの家の戸を叩き初める。やはり友人がいるのだそうである。
 そういう風にして、彼は四五軒おきによその家の表戸を叩いていく。もう二時頃で、町中はしいんと寝静まっている。どこも起きてくる家はない。やがて、或る板塀の中に明々と光の見えてる家に出逢う。
「一寸待っててくれ。」
 私にそう云いすてて、彼は板塀を易々と乗り越してはいっていく。五分……十分……ふいに彼は私の前に、板塀の上から飛び出して来る。
「うまいお茶を飲んできたよ。……だが、あいつ、変な顔をしてじろじろ見るから、飛び出してきてや
前へ 次へ
全11ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング