我に返ってから、僕は釣竿の行方を探してみた。然し池の面は薄暗い闇に包まれて、さっぱり見当がつかない。僕は自分の失敗に苦笑しながら、竹筒と風呂敷とを抱えて、すごすごと帰っていった。図書館の窓が明々と輝いていたり、門衛が永遠の彫像のように控えていたりするのを、僕は横目にちらと見やりながら、変に薄ら寒い感じがした。
その翌日、僕は制服制帽で何喰わぬ顔をして学校に出た。だがやはり気になって、池の方へ行ってみると、十人ばかりの学生が集っている。ステッキが動く、ステッキが動く……と云って不思議がってるのだ。見ると、なるほど、前晩僕が釣竿に用いた籐のステッキが、池のまん中に浮いて、前後左右に狂うがように動いている。時々静まるかと思うと、またぐいぐいと動きだす。……ははんと僕は思った。がどうにも仕様がなかった。
それから変な日が続いた。池の面にはいつも籐のステッキが浮いていて、それがどこかの隅にじっとしていることもあるし、あの小島のまわりをぐるぐる廻ってることもあるし、または前後左右に動き廻ってることもある。そのステッキの先の丈夫な畳糸には、大きな釣針がついていて、それを鯉は腹の中までも呑み込んで
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