るに違いないのだ。僕はそれを思うと、気持が苛立ってきて、しまいには神経衰弱にまでなりかかった。然し池の面はいつも静平で、水蓮の花が咲きかけてるし、緑の木影を映している。不思議なステッキも大して人の注意を惹かず、それを始終問題にしてるのは、恐らく僕と鯉とだけだったろう。
そのうちに、ステッキは水面に見えなくなってしまった。僕は夏の休暇に旅をした。凡てが時のうちに呑みこまれて忘れられた。
そしてその冬の或る寒い朝のことだ。池の面に氷がはりつめて、スケートさえ出来そうに思えたので、僕は何気なく降りていって、氷の上を恐る恐る歩いてみた。すると、そこの岸辺の塵芥の中に、僕の例のステッキが転がっているのだ。氷を砕いて拾い上げると、浅い水底の泥の中から、ステッキについて畳糸がずるずる出て来て、その先に、泥まみれの魚の頭の骸骨がついている……。
僕はその骸骨を池の縁に埋めてやって、その上にステッキを立てて置いた。然しいつのまにか、その籐のステッキはなくなり、その場所さえも分らなくなってしまった。もう十年も前の話なんだ。然しこうして今池を眺めていると、その水面に籐のステッキが浮んできて、それがあち
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