私は神様を心に信じました。種々な苦しみや涙の嬉しいことを私に教えて下すったのは只神様ばかりでした。」
何だか力強い感じが彼女のうちに湧いた。只泣いてみたいような心地がして言葉に力をこめた。「苦しめるものに神様は力を与えて下さいます。」
二人はそれきり暫く黙っていた。かすかな音が、遠いような又近いような雨の音がしとしとと静けさの輪を画いて漂うていた。そうした沈黙は重い圧迫を二人の上に置いた。
「神を信ずる人は幸福です。」と青年は低い声で云った。
それは彼女に皮肉な響きを伝えた。そして同時に強い淋しさを誘った。
「いえ幸福では……。」彼女は云った。そして何故か自分でも知らないでくり返した。「私は幸福ではありません。」
その時突然青年は顔を上げた。そしてじっと遠い処を見つむるような眼付をした。
「ほんとうは祈祷《いのり》をし乍ら、同時に祈らるるものの心地にならなければいけません。」
その意味ははっきりとは彼女は分らなかった。突然何か大きいものがぶつかったような気がした。
「神様が見ていられます!」となかばは自分に云ってみた。
「神なんかどうでもいい。」と云って青年は堅く唇を結んだ。
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