せなかったので彼女はこうつけ加えた。「私神様を信ずるのはいいことだと思っています。」
 青年は何とも答えなかった。漠然とした不安が彼女の心を襲った。「祈らねばならない」とこう思った。それでそっと胸に手を組んだ。
「あなたは……。私こんなことを申してもいいのでしょうか。」と云って彼女は青年の顔色を伺った。彼はじっと燃えつきゆく火を見つめている。「あなたは何かに悩んでおいでではないでしょうか。神様を御信じなさると宜しいのです。私もこういうことに身を落すまでどんなにか苦しんだでしょう。でもその時私の心を救って下すったのは神様だったのです。」
「あなたは神様をほんとうに信じていられますか?」
「え、信じています。」と彼女は明瞭《はっきり》と答えた。
「あなたは、」と云って青年はじっと彼女の顔を見た。「ほんとうに心からもういいと思うほどお祈りをなすったことがおありですか? その時何かがあなたの涙の祈りに答えたでしょうか?」
 冷たいものがスーッと彼女の頭を掠めて飛んだ。彼女は緊と両手を握りしめた。そしてこう云った。
「私はよく涙を流したことがありました。そしてお祈りをしました。祈り乍らはっきりと
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