」と男が云った。
その言葉は彼女の思いに恐ろしい形を与えた。「いえいえ、」と首を振った。「そんなことを仰言るものではありません。」
「然し死ということを考えてみたことはありました。」
「もうもうそんなこと仰言ってはいけません。」強い意志が青年の顔に閃いたので、彼女の心に罪深い恐れが満ちた。で祈るような句調で、「神様はお許しになりません。自殺は恐ろしい罪悪です。」
「いいえ、」と青年は言葉を続けた。「私に死を禁じたのは神ではありませんでした。それは……。」と云って彼は首垂《うなだ》れている女をじっと見た。「それは私達の愛でした。神様の目に罪と見える私達の愛でした。更に祈祷《いのり》を捧げているうちに、何時のまにか死が逃げてしまったのです。私は死を否定して愛を――凡てを肯定する愛を受け容れました。そして……私は度々お祈りを致します。」
彼女の心にその時深い処から法悦の光りがちらとさした。凡てが許されて救われるであろう。自然と心が大きい何物かに融けていった。
「私は、」と彼女は云った。「あなた方が湖水の上でお祈りなさるのを見受けました。あなた方は手を組んで祈っていられました。そして涙を流
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