寄せられた。で何をともなく神を念じながら急いで家へ入った。
二人は囲炉裡の側に腰を掛けていた。それに茶をくんで出し乍ら彼女はこう云った。「お腹《なか》がおすきでしょうねえ。」
「いいえ。」と女が答えた。「舟の中で沢山|種々《いろん》なものを食《いただ》きましたから。」
彼女も其処へ腰を下した。二人を見ると、そのじっと一つ所に定めた眼付から、口元の筋肉の緊りから自分自分の心に思いを潜めていることを示していた。そして沈黙は彼女の心に興奮の刺戟を強くした。
「よくお帰りになりました。」と彼女は云った。
「え?」男が顔を上げて彼女を見た。その眼付にうち沈んだ影を湛えていたので彼女はこう云った。
「いえ、あまり遅いので一寸案じていた所でした。」然しその言葉の底に不満が残った。
「実は何時までも湖水の上に居たかったのですけれど……。」
「私は……私は、」と彼女はくり返した。「ほんとに気付かっていました。いつかの雨の降っていた日にも、それから……。」と云って一寸口を噤んだ。何だか嘘を云っているような気がした。でもこうつけ加えた。「それでもやっと安心致しました。」
「決して自殺なんか致しませんよ。
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