た。長い眉毛の下の小さい眼を驚いたように見張っている。そのぱっちりとした小さい眼と高からぬ鼻立《はなだち》とは、小さい宝を強く懐いている心を思わせた。黒い房々した髪を無雑作に束ねていた。
「一寸の間《ま》、向うで暖っていて下さいよ。」と口早に彼女は二人に云った。
彼女は何となく落ち付かなかった。自然と心が急《せ》かれた。で用意していた菓子や果物や、それから鮨《すし》などを舟に運んだ。火鉢をしかと横木に結えて、それに一杯火を盛った。お茶の道具と炭と褞袍とを片方に置いた。それらのことを彼女は息をはずませ乍ら急いでやった。そして「宜しいですよ。」と云った。
二人はじっと顔を見合った。そして囲炉裡の側から立ち上って、渚に下った。
彼女は何とか云おうとして、その言葉が忘られた。何処にか心の中に平衡を失くした処があった。
女は黙って先に舟へ入った。
男は舟の側に立ったまま突然彼女の方に顔を向けた。頬の筋肉が堅く引き緊っている。
「丁度月がありますから、もしかすると帰りは少し遅くなるかも知れません。御心配なさらないように。」
彼女は何と答えていいか分らなかった。そして眼を女の方へ注ぐと、
前へ
次へ
全27ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング