いし》が次第に乾いてゆく、そして冷たい空気が静に流れた。
その午後、彼女は気懸りな三時間を過した。
お昼食《ひる》前に舟の用意をして、すぐ前の渚にそれを繋いだ。そして昼食を済した時温泉場から婢が来た。それは青年の滞在している旅館《うち》の女中で、二つの褞袍《どてら》の大きい包を届けたのであった。彼女はその女中を見知っていた。
「暫くして御出になりますそうですから。」と婢は云った。
「お友達とお二人《ふたり》?」
「いいえ、」と婢は微笑んで、「奥様なんでしょう。一昨日《おとつい》御出になりました。」
「おやそうを。……舟の用意はいいからとそう申しといて下さいよ。御苦労さま。」
「それでは御頼み致します。」
彼女はそれから舟に運ぶ火を囲炉裡に熾した。そして青年を待った。静かな午後の日は事もなくゆるやかに時が移ってゆく。
彼女は囲炉裡の側に腰掛けていた、丁度いつかの午後のように。そしてじっと炭火を見守っていた。漠然とした不安の予感が心のうちに萠した。何かしら忌わしいものが、日が陰るように胸の中をスーッと通りすぎた。その中に奥様でしょうと云った女中の言葉がふと浮んだ。「私は決して妬《
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