続いた後、僕はふと、自分の精神の中に異様なものが澱んでいるのを見出した。大空に見入ってる時、大海を見渡してる時、心の中に澱むような何かだ。空虚だとも云えるし、苦悩だとも云えるし、翹望だとも云える。死[#「死」に傍点]のようなものだ。そいつを見出した時、僕は駭然とした。日の光は遠退いて、僕は薄闇の中に佇んでいた。然しそうした場合、人は同じ所に長く立留ることが出来るものではない。僕はまた歩きだした。もう浮々した軽やかな足取りではなかった。
「その頃だ、僕があの女に出逢ったのは。彼女も何かしら異常な場合にあったらしい。そして二人の間には、退引ならないものが生じてきた。それは或は僕の幻影だったかも知れない。僕達は互に藁屑を掴んだのかも知れない。然し幻影でも藁屑でも構わないではないか。そうだと分った時には、即座に投げ捨てるだけのことだ。だがそれまでは、幻影でも藁屑でもない。僕は自分の信念に誠意を持つのだ……。」
右は、或る男が私に語ったことである。私は彼の不敵な誠意を信ずるから、賛意を表しておいた。「悪霊」のスタヴローギンでさえ、ダーリアを――他の男との婚談を拒絶しなかった彼女、而も彼の最後の
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