精神的看護婦と自認した彼女を――やはり最後に呼び寄せようとしたのである。ただ、彼にとってその女が自分の娘でなく或は妹でなかったこと、または「ソーニャ」であったことは、彼の幸か不幸か私の知る所でない。
精神的な第二の故郷を求める旅に出ることが、真摯な人には往々ある。その旅は苦難の道だ。砂漠を一人で旅するに等しい。その時、人を救うものは、日出の壮厳さや蒼空の深みや星の光などよりも寧ろ、オアシスの一掬の清水であろう。砂漠のオアシスは蜃気楼であることもある。それだからといって、蜃気楼[#「蜃気楼」は底本では「蜃気棲」]を恐るるのは今更に卑怯であろう。
コスモポリタンの傲慢と矜持も、私は知らないではない。精神的故郷を否定する境地も、私は知らないではない。然しながら、そういうものは、誰をも――ひいては文学をも――救うものではない。虚無の中に飛びこむのはよろしい。だが飛びこんだだけでどうなるものでもない。
底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社
1967(昭和42)年11月10日第1刷発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2006年4月24日作成
青空文庫作
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