とする……一種の超人でない限りは。そしてこの具体的な何かを――エディプに於けるアンチゴオヌやラスコーリニコフに於けるソーニャの如きものを――発見するためには、卑怯であってはならないのである。
      *
「僕があの女を真剣に愛したと云ったら、君は笑うだろうね。僕自身でも実は少々意外だったのだ。
「あの頃僕は、云わば精神的に旅に出ていた。従来の種々のものが崩壊して、而も新たな何物も発見出来ない、そういう状態にあった。万事が移りゆくのだ。だから僕自身から云えば、旅に出て始終歩き続けているようなものだった。そして足を留むる場所がどこにあるのやら、自分にも分からなかった。
「然しながら、僕は朗かだった。何物にも繋がれない自分自身を見出したからだ。人が憂欝になるのは、何物かに繋ぎ留られ、その緊縛に圧倒されそうな時にである。宿りのない旅を続けて、何物にも繋がれない場合こそ、本当の自由であって、自由は朗かさの別名に外ならない。過去は後方に薄れてゆき、未来は茫として見透しがつかず、そして晴やかに日が照っているのだ。仕事も、世間的顧慮も、一切を打捨てて、僕はただ朗かに歩き続けた。
「そういう時期が引
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