ていた。曇り空の下の風見車《かざみぐるま》に似ていた。それに自ら気付いた時、彼は考えるのを止めた。兎に角生れてみなければ、まだ海のものとも山のものともつかないんだ、と結論した。
 然し、そういう風に凡てを未来に突き放しておくことは出来なかった。
 秋子はやがて産婆にかかった。
「もう五ヶ月ですって!」
 彼女は一杯に円く見開いた眼を輝かしていた。
「そんなになるのかい。」そして彼は一寸間を置いた。「五ヶ月といえば、もうちゃんと赤ん坊の形をしてるかしら?」
「ええ、そうでしょうよ、屹度。心臓の鼓動が聞えるくらいですもの。……鼓動の数が多いから、女の児かも知れないんですって。嫌ね。私男の児がほしいんだけれど。でも、最初は女の方が育ていいとかいう話ですわ。」
 彼女は、眼の縁に肉の落ちたらしいたるみが出来、脂気と濡いとを失った顔の皮膚が総毛立ち、髪の毛の真黒な艶が褪せていた。固く結えた帯の下に、充実した力で盛り上ってる腹が見て取られて、平素からわりに小さかった臀が、更に影薄くなっていた。痩せた薄っぺらな胸から、僅かな努力にもすぐに喘ぎそうな細い息が、せわしげに出入していた。そして、そのままの
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