の影を見て、二つになってはいや、と云った彼女のことが、はっきり思い出された。
彼は布団から匐い出して、半身で伸び上ってみた。後ろに電燈の光を受けた真黒な影が障子の腰硝子に薄すらと映っていた。瞳を凝らすと、それが次第に濃くなってきた。硝子のすぐ向うまで寄って来て、今にも室の中に飛び込んで来そうだった。
妙だぞ、と思うと同時に、彼はにじり寄ってる自分自身が恐ろしくなって、つと身を引いた。拭うがように凡てが消えて、雨戸の白い板が向うを限っていた。
かすかな……音とも云えない音が、何処からか響いてきた。彼は耳を傾けた。釘を打つ音、伏金の音、火葬窯の扉の音……でもなければ、分娩の唸り、瀕死の唸り、でもなかった。何だか滅入るような、焼かれた骨が灰になってゆくような……気配だった。自然と押入の方が顧みられた。ぞっと身震いがした。
ふらふらと立ち上って廊下に出た。黒い影が掠め過ぎた。彼は顔色を変えた。不吉だ! という気がした。向うの室にはいってみると、順一と竜子とが床を並べて寝ていた。秋子が分娩した時の通りの位置だった。
そういうことが幾度もあった。
竜子もいつしか、彼の様子に気付いていた
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