#「壼」の「亞」に代えて「亜」、57−上−22]を」]しまった。
 また暫くすると、彼は同じ衝動に駆られた。立ち上って押入へ歩み寄った。総毛立った顔をして眼を見据えているのが、我ながら不気味に意識された。一寸立ち止ると。ぞっと竦んだ。
 彼は堪らなくなって室から飛び出した。廊下の曲り角が陰々として薄暗かった。血の気を失った顔で竜子の前に現われた。
 それを竜子は待ち受けていた。
 ただ母性のみが持ってる大きな抱擁力だった。子供をも大人をも本能的に抱き込む、鳥黐《とりもち》のような粘り気のある力だった。彼はほっと息をついた。
 然し間もなく、忌わしい反撥の気がむらむらと彼の心に湧いた。彼は彼女を押しのけて立ち上った。
 眼に険を帯び、口元から頬へ皮肉な色を漂わせて、そのどっしりとした身体全体で、彼女は彼方をじろりと見やった。
 あなたは後悔していらっしゃいますね!
 然し口ではそう云わなかった。
「どうなさいましたの?」
 彼は何とも答えないで、室の中をのっそり――と意識した歩調で歩き廻った。
「坊ちゃまが……。」
 彼女が声を低めてるのが可笑しかった。眼を覚したって構うものかという気が
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