んだ。「お前は僕に意見をするつもりなんだろう。」
彼女は顔色を変えた。
「何を仰言いますの。」
「そうだ、僕に殴られたのが口惜しいんだろう。」
「いいえ。」きっぱり答えておいて、それから俄に彼女は身を震わした。「恐《こわ》いんでございます。恐くって……恐くって……。」
彼は息をつめた。ぞっとした。障子の硝子に映ってる電燈の影を見つめてると、眼の中が熱くなってきた。涙が眼瞼を溢れた。それに自ら気付くと、涙が後から後から湧いてきた。
「許してくれ、僕が悪いんだ。」
彼は竜子の手を執った。がっしりした太い手だった。それが力強かった。彼女の方へ身を寄せると、彼女の方も進んできた。逞しいずっしりとした彼女の腕の中に、彼は我を忘れてもぐり込んでいった。
「旦那様!」
口元の肉を引きつらして、泣いてるのか笑ってるのか分らない皺を刻みながら、眼の奥で微笑んでいた。
底のない泥沼に陥ったのと同じだった。彼は※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]けば※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]くほど、その勢に駆られて没していった。しまいには、自ら進んで絶望的に没していった。
翌朝、彼
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