こだわる必要はない!
それでも、寂しい町並に、一軒の閉め残った硝子器具店が、ぎらぎらした光りの乱射を投じてるのを見た時、彼はその中に石を投り込んでやりたくなった。石を拾うために屈もうとまでした。が、俄に馬鹿々々しくなった。彼はほっと大きく息をした。
やがて歩き疲れると、眼に止った相当のカフェーへはいった。五六人の客が居た。その方へ背中を向けて、ウイスキーやカクテールの杯をちびりちびりと嘗めた。煖炉の火がいやにかっと熱くて、そのくせ身体は温まらなかった。彼は強いて杯の数を重ねた。腹も空いていた。料理を三四品食べた。
電車が無くなった頃、彼はぼんやりした酔心地で家に帰って来た。寄せられる玄関の戸を押し開いたが、誰も出て来なかった。自分で締りをして、茶の間に通った。火鉢に鉄瓶の湯が沸いていて、茶道具が揃えてあった。茶をいれて飲んだ。
家中がひっそりしていた。鼠の音もせず、人の気配もしなかった。彼は変な気持になった。女中部屋を覗いてみると、女中はぐっすり眠っていた。座敷の方を見ると……喫驚した。
竜子が、順一の枕頭に、石のように固くなって端坐していた。
順一の病気がひどいのかしら、
前へ
次へ
全89ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング