いたが、分娩の唸りとも瀕死の唸りともつかない、暗い鈍い底力のある音が湧き上って、腹だけ脹れ上った骸骨の怪物が、影絵のように浮出してきた……。
 秋子ではない、秋子ではない!
 秋子は押入の中の骨壷に[#「骨壷に」は底本では「骨※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、55−上−9]に」]、清浄な灰となってはいっていた。
 彼は押入の襖を開いた。香を焚いた。諸行無常……というよりも寧ろ、凡て空《くう》なり、その香煙が静かに立ち昇った。白布の結え目を解き、箱を開き、壷の[#「壷の」は底本では「※[#「壼」の「亞」に代えて「亜」、55−上−12]の」]蓋を取ると、所々黝ずんだ仄白い遺骨が、八分めばかりはいっていた。
 秋子、秋子!
 身体中が冷たくなって、髪の毛穴がぞーっとした。真白な骨片を一枚取って、歯でがりがりとやった。塩辛い味がして口の中で融けて無くなった。手に残ってるのを、またがりがりとやった。唾液を飲み込むと、胸がむかついてきた。じっと押え止めてるまに鎮まった。しいんとなった。
 彼ははっとして飛び上った。室の入口から秋子の真白い顔が覗いていた。と思ったのは瞬間で、竜子の顔に変った。それ
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