るのは、結婚当時の彼女だった。膝の上に抱きしめ、掌の中にまるめ込みたいような、小柄な淋しい可愛いい彼女だった。小さく清楚にちまぢまとまとまってる彼女だった。可愛さの余りに小憎らしくなって、こづき廻した事もあったが……。
 遺骨は折を見て国許の墓地に埋めるまで、寺へ預けておくつもりだったが、四十九日が過ぎると、順造はそれを家に持って来て、押入の片隅を仏壇にしつらえ、其処へ丁寧に安置した。
「これが坊やのお母ちゃんだよ。」
 順一を抱いて来て、その前を往き来した。心持ち右と左とびっこの眼で、何処からかじっと見られてる心地がした。
 この児を見守ってるのだ!
 然し、順一に母親の務めをしてるのは竜子だった。彼女は殆んど本能的な愛で順一を庇護してるかと思われた。一寸順一が泣声を立ててもすぐに飛んで来た。おおいい児ちゃん、と云って頬ずりをしていた。順一が風邪の気味だと、慌てて医者へ俥を走らせた。帰って来て、しどけない坐り方をしながら、順一を胸に抱きしめた。
「よかったわね、何でもなくて。」
 大きく揚羽蝶を染め出した羽二重の帯に、派手な小紋金紗の羽織をつけていた。方々へ香奠返しをする折に、秋子の
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