守り育てながら、彼女は家事万端のことを取締ってくれた。日々の食事のことから、順造の身辺の世話までやいた。襯衣が少し汚れるとすぐに取代えさした。外出の時には新らしい足袋を揃えておいてくれた。外で傘を取違えてくると、仕様がないと小言を云った。
「ほんとに懶惰《ものぐさ》でいらっしゃいますね。お服装《みなり》にも少しは気をつけなさらなければいけませんよ。……ふさいでばかりいらっしゃらないで、気晴しにお出かけなさいましよ。……香奠のお返しのことも、そろそろお仕度をなさらなければなりませんでしょう。……炬燵のお布団が穢くなっていますから、新しくお作り致しましょうか。」
 というようなことを、反り気味の薄い唇で、彼女はてきぱきと云ってのけた。
 順造はそれらの世話のうちに包み込まれ、眼の前を塞いでる彼女の肉体を見守りながら、心では過ぎ去った影を追っていた。
 カチン、カチン……と五六回くり返して、トン、トン、トン……と急な調子になった。その時彼は、もっと大きな釘でしっかりと棺の蓋を打付けてほしいと思った。出来るならば、彼女の死骸を鉄の箱にでも納めてしまいたかった。――カァン、カァン、カァン、カァン
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