感ぜられた。秋子の死から葬式から其後の混雑の間に、順一を介して、彼女はいつのまにか彼と相接して立っていた。彼は適当の視距離を保って彼女を見ることが出来なかった。
大きな澄んだ眼だった。瞳の輝きが目玉の表面に浮いて見え、同情と揶揄との間を一瞬に飛び越し得る眼付だった。鼻が太くがっしりして、薄い唇が少しく反り返っていた。柔かみのある下脹《しもぶく》れの頬に、いつも薄く白粉を塗って、大きな束髪に結っていた。若々しさのうちに何処か緊りのない爛熟した肉付で、甘酸っぱい匂い――匂いとも云えないほどの風味が、その全身に漂っていた。凡ての点で清楚だと感じのする秋子とは異って、鈍重なずっしりとした容積だった。
或る大学生と恋してその子を孕みまでしたが、子供が生れると間もなく男に捨てられ、一人で子供を育てていたけれど、どうも先の見込がないので、厄介になってる家――遠い縁故――の主婦さんに勧められて、子供を他家《よそ》にくれてやり、自分は乳母奉公の決心をしたのだ、というようなことを彼女は語った。
「私奥様に代って、坊ちゃまを立派にお育て致しますわ。」と彼女は云った。
そして実際、少しの手落もなく順一を
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