、「これからはもう手荒なことはしないと約束して下さいますか。」
 順造はその方を顧みた。いやに真剣なものが彼女の顔付に感ぜられた。まだ頭の隅に残ってる先刻の幻が恐ろしかっただけに、俄に強い愛憐の情が起ってきた。彼はいきなり彼女の背に手をかけて、その肩を抱きしめた。
「約束するよ。何でもお前の云う通り約束する。」と彼は云った。そして心の中では、お前が可愛いいんだ、ただお前が可愛いいんだ、と云っていた。
 暫くして秋子はほっと溜息をついた。
「何だか頼り無い約束ね。」
「お前は恐《こわ》くないのかい。」
 二人の言葉は殆んどかち合うくらいに同時に出た。そして二人は、互に相手の意味を理解するのに一寸間がかかった。それから黙り込んでしまった。
 空の星がいやにぎらぎら光ってくるように思われた。順造は眼を伏せて、庭の隅に澱んでいる濃い闇を、見るともなく見守っていた。暫くすると、秋子がうっとりと星を眺めてるのに気付いて、彼は或る一種の懸念に――聖なる恐れとでも云えるものに、突然囚えられた。
「お前は、」と彼は囁くように云った、「お胎《なか》の子供に対して、どんな感じがする?」
 秋子は黙ったまま、
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