悟があります。」
 暫く黙ってたが、順造はぞっと身を震わした。――馬鹿に大きな凸額《おでこ》の下に、※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]の尖った長い顔がついていた。細い皺くちゃな眼がどんよりと光っていて、鼻は押しつぶされたようにひしゃげ、よく合さらない薄い唇から、喰いしばった歯が二三本見えていた。肩のあたりが急に太く逞しくなって、骨立った二本の手先には、指の代りに牛の蹄がついていた。赤茶けた長い髪の毛が頭にねばりついていて、全身には灰色の毛が生えていた。顔が人間で身体が牛だった。生れて三日目に予言をして死ぬという件《くだん》だった。それが、ぼろぼろの綿屑の上に、飲まず食わずで蹲まっていた。――その幻が順造の眼の前に浮んできた。何処かの見世物小屋で見物したのか、或は絵草紙か何かで見たのか、或は昔祖母の話に聞いたのか、或は夢の中で逢ったのか、何れとも思い起せなかったが、その幻だけがいやにはっきりしていた。
 もしそんなものが生れたら!……いやそんなことがあろう筈はなかった。
「兎に角医者に診《み》て貰ったらどうだい。」と順造はぼんやりした顔付で云った。
「それよりも、」秋子は固執した
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