据ったままぐるぐると廻った。大きな叫び声がした。看護婦が注射器を取って駆け寄った。光った針が皮ばかりの胸へずぶりと差された。がその時には、消え入るように凡てがひっそりとなっていた。
 僅かな瞬間のようでもあれば、長い時間のようでもあった。
 順造は昏迷した眼付であたりを見廻した。いつのまにか、も一人の看護婦も竜子も女中も駆けつけていた。何やら合図をしてる手付が眼に止った。彼は静かに秋子を寝かした。
 底知れぬ沈黙が落ちて来た。秋子は心臓痲痺のために、冷たくなっていた。

     五

 どんよりとした重い水が、或は渦を巻き或は淀み或は瀬をなして、小止《おや》みもない力で流れてゆく、そういう日々が続いた。順造は心の眼をつぶって、その流れのままに身を任せた。叔父と叔母とが万事を計らってくれた。
 二七日《ふたなぬか》の頃から、順造は心身の疲憊に圧倒されながら、漸くはっきりと周囲を意識しだした。凡てが寂寥のうちに落着いてきて、彼の世界へまとまりだした。その世界が吹き曝しだった。歯が一本抜け落ちた時、いくら口をきっと結んでも、何処からか冷たい風が喉元へ吹き込んでくる、そういう淋しさが彼の胸へ
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