なたが坐ってる。」
「え!」
順造はまたぞっとした。瞬間に、硝子の人影は首を横にねじ向けた。
「いや! 二つになっちゃ。」
秋子が彼の方をじっと見ていた。
彼は漸く我に返った。彼が見たのは秋子の影で、秋子が見たのは彼の影だった。と分りはしたが、そのことが変に気にかかった。
彼は立ち上って、電気の位置を変えた。
「これでもう、二つになることはないよ。」
いやに真剣な気持になっていった。
「何だか薄暗いようじゃないの。」と彼女は云った。それから一寸間を置いた。「息苦しいから、戸を開けて下さらない?」
彼は彼女の手を執った。冷たい手だった。
「だってまだ夜じゃないか。」
「まだ夜は明けないの?」
彼はじっとして居れなかった。そんな筈はないけれど、夜明けかも知れないという気がした。そして立ち上りかけた。
その時、恐ろしい音が起った。ある限りの力を搾って、堰き止めるものと突き破るものとが、ごった返してる渦巻きのうなりが、ごーう、ごーう………と秋子の喉から洩れてきた。一瞬の余裕も得られなかった。彼は秋子の上体に飛びついて抱きしめた。彼女の両の拳が肩のあたりへ、徐々に上ってきた。眼が
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