にしていた。
 明るみのない盲いたような不安が、次第に順造の心に喰い入っていった。何か不可抗的なものが、じりじりと迫ってきた。
 或る晩、彼女はどうしても起き上ると云ってきかなかった。順造と看護婦とでいくら説き聞かせても、更に承知しなかった。云うままに任せるの外はなかった。布団を積んでそれによりかかって坐らせた。
 彼女はほっと息をついた。
「私こんな嬉しいことはない。もう癒ったのも同じね。」
 不思議そうにあたりを見廻してる彼女の様子に、順造は涙ぐんだ。
「屹度癒るよ。」
 あたりがしいんとしていた。
「あなた!」
 秋子は突然高い声を出した。眼を見開いて障子の方を見つめていた。彼はその視線を辿った。……と、ぞっと震え上った。
 障子の腰硝子に人影が見えていた。眼玉ばかり大きな骸骨に似た顔が、ささくれ立った乱髪に縁取られていた。それが細長い首の上にのっかっていた。その下の方に、レントゲンで見るような骨ばかりの細い手が、何かを抱いてる格好に組み合されていた。抱かれてるのは大きく張り出した腹部だった。――その全体の姿が、じっと室の中を覗き込んでいた。
「おかしいわね。彼処《あすこ》にもあ
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