気がよくなりさえすれば、またどうにでもなるよ。」
「どうにでもなるって……生れてしまわなければ駄目じゃないの?」
どうも調子が変だった。順造は惘然と彼女の顔を見つめた。
「あなた、私の手を握ってて頂戴。それはひどくくるのよ。」
順造が手を差出すと、彼女は異常な力でそれを握りしめた。かと思うと、不意にその手を離して、室の隅を指し示した。
「どうしたんでしょう。あんな大きな塵《ごみ》があるわ。だんだん大きくなるようよ。」
その方を注意して見ると、一寸した糸屑が落ちていた。
それでも、彼女の様子は落着いていた。気分はと尋ねられると、大変いいと答えた。
「ねえ、私がよくなるまでいて頂戴。」と看護婦に云った。「みんな他処へ行ってしまって、私一人になって、それは心細かったわ。それとも、夢だったかしら?」
彼女の世界の混乱してることが、わきからもよく見て取られた。それが二日続いた。順造は心の慴えを禁じ得なかった。しっかりしていなければいけないと思った。
その二日目の午後に、坪井医学士は彼をわきへ呼んで云った。
「どうも仕方がありませんね。……いつどんなことになるか分らない状態ですから、も
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