しお知らせなさる所がありましたら、今のうちに……。」
「そんなに悪いんでしょうか。」
「まださし迫ってどうということはありますまいが、何しろ、軽い脳症を起していますからね。……そして、脳と同じ位に心臓にも打撃を受けています。」
順造は黙って頭を下げた。
然しどうも、それとはっきり信じられなかった。精神が苦闘から脱して漸くうち勝ちかける頃に、興奮の余り多少混乱することは、常識から考えても肯定出来た。またそういう実例はいくらもあった。秋子の場合もそれに違いないように思われた。あんなに疲憊しつくしていたのが、俄に元気になったのだった。
彼は看護婦に相談してみた。
「左様でございますね、脈はいくらかお悪いようですけれど、食慾は増していらしたのですから……。」
然し結局の断定は得られなかった。
兎に角万一の用意はしておこう、と順造は決心した。
秋子が病気のことは、必要な所へは大抵知らしてあった。彼の国許の母と弟とには、わざわざ出て来て貰うにも及ばなかった。で彼は秋子の国許の父へだけ電報を打った。病が重いから叔父の家まで来いとした。叔父――東京に居る唯一の近い親戚――へは大体のことを速
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