た。敷布団が湿ってるから取代えてくれと云った――そのことは看護婦になだめられて諦めた。この次から薬にもっと単舎《シロップ》を入れて貰うように、医者に頼んでくれと云った。氷嚢の角が痛いと云った。今日は幾日かと尋ねた。
 順一の泣声が聞えると、此処に連れて来てくれとせがんだ。竜子がそれを抱いてきた。秋子はじっと順一の顔を眺めた。それから眼を外らして、暫くすると、竜子にとも順一にともなく云った。
「あちらで遊んでいらっしゃい。」
 けれども、二三時間たって、順一の声が聞えると、彼女はまた連れて来てくれと云った。
「あなたみてきて下さいよ。」と順造に云うこともあった。
 順造は立ち上って、順一の方をみに行く風をしながら、茶の間に屈み込んだ。暫くぼんやりしてると、看護婦から呼ばれた。
「奥様がお呼びでございますよ。」
 順造は秋子の側にやって来た。
「なに?」
「え?」と秋子の方から尋ねかけた。
 それから一二分間して、秋子は独語のような調子で云い出した。
「いやね、乳母《ばあや》に任せとくのは。」
 順一のことに違いなかった。
「だってお前が病気の間は仕方ないじゃないか。」と順造は云った。「病
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