婆さんが不意に若い女を連れて来た。
乳母だ、と聞いた時、順造は一寸面喰った心地がした。どういう風に応対していいものか分らなかった。
兎も角も離れの室に通した。桂庵の婆さんと若い女とは、きちんと膝を合して坐った。婆さんは室の中の様子をじろじろ見廻した。若い女は顔を伏せていた。羽二重の帯に銘仙絣の着物羽織をつけ、髪を大きな束髪に結っていた。櫛を一本もさしていないのが、変に順造の眼に止った。
「この人が乳母に出たいと申すのでございますが……。」と桂庵の婆さんは、看護婦が遠慮して出て行った時云い出した。そして、奉公は初めてであること、身許も確かであること、乳は差乳《さしちち》で分量も多いこと、産後十ヶ月ではあるけれど、牛乳よりは子供のためにいいことなどを、ぱさぱさした而も丁寧な能弁で云い立てた。
「この児です。」と彼はぶっきら棒に、室の隅に眠ってる順一を指し示して云った。母親が産後の腹膜で悩んでるので、是非面倒をみて貰いたいと、頭から押被せるような調子で頼んだ。
婆さんは座を立って、廊下へ女を呼び出し、暫く何やら囁いていた。それから順造の前に来て、給金を二十円ほしい事と、二三日は目見《め
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