》のように時々眉根をしかめた。
 彼はいつまでも其処を去り得なかった。考えつめて――何をだかは分らないでただ考えつめて、頭のしん[#「しん」に傍点]が痛くなった。思い切って立ち上った。
 忍び足で室を出て、忍び足で離れの室へはいった。看護婦の横に、順一が無心の寝顔を見せていた。順造はその枕頭に、また長い間坐り込んだ。同じく陰惨な唸り声ではあったが、出産の時の張りきった力の叫びとは違って、滅入るような静けさの冷たい唸り声が、秋子の室から響いてくるような気がした。その底から、彼女の大きな腹が眼の前に浮出してきた。
 彼は恐ろしくなって、頭から布団を被った。
 朝早く、女中が竈の下を焚きつけてる間に、彼は押入から硝子の金魚入を取出して、それを裏口に持ち出し、塵箱の中へ力一杯に投げ入れて砕いた。
 爽かな清い朝だった。彼は何物かに祈らずにはいられない心地になった。
 秋子が回復してくれさえしたら!
 然しその日も、同じように混沌たる影のうちに包まれた。

     四

 順造は乳母《うば》のことを、頭の何処かにひっかかりながらも、いつとはなしに考えの外へ投り出しがちだった。所が或る日、桂庵の
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