なくなっていた。水から取り出してみると、あれほど固かった大きな腹が、柔かくぶよぶよになっていた。内部の臓腑が腐ってるらしかった。
順造は怖じ恐れた眼付で、秋子の方を見やった。大きく脹らんでる腹が、布団越しにも感ぜられる気がした。日に僅かな水液しかはいらないで、而も多量の粘液を排出しながら、益々脹らんでくるその腹が、不気味さを通り越して奇怪だった。それをじっと仰向に抱えて、彼女は熱と悪臭と疼痛とのうちに、うとうとと眠っていた。蟀谷《こめかみ》のあたりがぴくぴく震え、眼窩が陥入って、眼玉が円く飛び出ていた。ただ頬から眉へかけた淋しみと、夜具の外へ投げ出してる手指とに、昔の面影が僅かに残っていた。節々が凹んだしなやかな細い指だった。順造はその指先をそっと握ってやった。
「あなた!」
声に驚いて顔を挙げると、彼女は眼をぱっちり開いていた。
なに? と見返した眼付で彼は尋ねた。
彼女は何とも云わなかった。目玉だけが作りつけのように飛出してるその眼で、じっと彼の顔を眺め、それから天井の四隅を眺め、そしてまた薄い眼瞼を閉じた。
眠ってるのか覚めてるのか、見当がつかなかった。夢現《ゆめうつつ
前へ
次へ
全89ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング