[#「しん」に傍点]が張りきって眠れなかった。女中を早くから寝かして、看護婦と一緒に遅くまで、秋子の側についていた。
 不吉な幻が浮んできた。
 前年の夏、彼等は大きな硝子の容器に、金魚を二三匹飼ったことがあった。その一匹が死にかかった。美しい竜金《りゅうきん》だった。逆様になって、大きな腹を水面に浮べながら、いつまでもぱくぱくやっていた。洗面器に塩水を拵えて一昼夜ばかり入れて置くと、片泳ぎが出来るくらいに元気になった。それが一二日たつと、また仰向にひっくり返った。そういうことを二三度くり返した。大きく脹れ上った腹が固くなり、尾鰭の先が硬ばり、骨立った頭に眼玉が飛び出していた。思い出したように四五度慌しく鰓《えら》を動かしては、またじっと口を閉じた。死んだのかと思って指先でつっつくと、脹れた腹からつんと出てる鰭を動かしてちょろちょろと泳いだ、そういう状態が長く続いた。しまいには順造も秋子も、早く生きるか死ぬるかしてくれればいいと思うようになった。そう口に出してまで云った。長く苦しめるのが可哀そうだった。そして二人は、余りその方を見ないようにした。二週間ばかりたった或る朝、金魚はもう動か
前へ 次へ
全89ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング