みえ》のつもりでいてほしいこととを断った。
 婆さんが帰った後で、女は不器用なお辞儀をして云った。
「よろしくお願い致します。」
 口先から出る声で語尾が高くはっきりしていた。入江|竜子《たつこ》という名だった。大柄な立派な体格で、眼が大きくくるりとしてることだけを、順造は見て取った。
 彼は秋子の所へ行って、乳母が来たことを知らせた。彼女は初め腑に落ちないらしかった。それから、遠くを見つめるような眼付をして、漸く首肯いた。
「連れて来ようか。」
「ええ。」
 竜子は室の隅に坐って、何やら考え込んでいた。それを順造は廊下の外から呼び出した。
 彼女は病室にはいって、程よい辺へ坐り、低く頭を下げて云った。
「不束者《ふつつかもの》でございますけれど……。」
 その挨拶を順造は、自分に対する先刻の挨拶よりは、遙かに立派であると思った。
「お頼みしますよ。」と秋子は云っていた。「私はこんなですけれど、あなたが坊やの面倒を見て下されば、ほんとに安心します。」
 順造は席を立って、茶の間の方へ行き、次に庭へ出た。何だか気持が落着かなかった。看護婦が来た時とは全く別な感じ――家の中に女性が一人殖え
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