の室に移されていた。順造はそれを抱いて来た。
秋子は子供の顔をじっと覗き込んだ。
「この児は誰に似てるでしょう?」
顔の輪郭が母親に似て眼から額が父親に似てると、看護婦が答えた。
彼女は一寸微笑んで、それから後ろの布団によりかかった。
その時順造は喫驚した。彼女のその姿が、分娩前の姿とそっくりだった。眼の肉が落ち顔が蒼ざめてるのはまだいいとして、薄っぺらな胸で喘ぐような息をし、その下に、大きく脹らんだ腹がどっしり落着いていた。岩田帯の代りに温湿布がぐるぐる巻いてあった。其処を叩いたら、姙娠の時と同じ音がしそうだった。
順造は眼を外らした。
「もう寝たらどうだい。」
「そうね。」
彼女はおとなしく順造の言葉に従った。看護婦に手伝わして横になろうとする時、眼を見張り、頬を脹らませ、唇をきっと結んで、さし招くような手付をした。ぐ……ぐ……という音が喉から僅かに洩れて、その度にぴくりぴくりと肩を震わし、見張った眼と差出した手先とで、早く早くと云っていた。順造には何のことやら分らなかった。が咄嗟に看護婦が痰吐を差出すと、それにかじりついてげぶりと吐いた。腐爛した悪臭がぷんと立った。順
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