りしていた。熱が九度八分に上っていた。ただ待つより外はなかった。然し待った後で?
 順造は不意に立ち上った。家の中を方々見廻った。何だかどの室をも綺麗に片付けて置かなければいけない気がした。それから俄に、秋子の死の場合を予想してることに気付いて、これではいけないと思った。考えを明るい方へと向けてそれに頼ろうとした。
 病勢は殆んど不可抗力を以て進んでゆくがようだった。前ほど激しくはないが然し持続的な腹痛が、時を定めずに襲ってきた。秋子は眼をつぶり歯をくいしばって、手先を震わせながらそれを堪えた。額に汗がにじんで、眼が引吊ってると思われることもあった。そういう努力に、産後の衰弱した身体は益々疲憊していった。そして、それを補うものは何もなかった。食慾が一切なくなり、僅かな流動食を嚥下してもすぐに吐いた。薬でもなかなか落着かなかった。
 翌日の十時頃彼女は、寝てるのが苦しいから坐ってみたいと云い出した。床の裾の方へ布団を積ませて、それによりかかって坐った。
 彼女は暫く、障子の硝子から庭の方を見ていた。それからふと思い出したように、坊やを連れて来てくれと云った。順一の床は前晩から、離れの順造
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