秋も更けたという気がした。彼は室に戻って、思い出したように火鉢に炭をどっさりつぎ、水を入れた洗面器をかけて湯気を立てた。
 秋子と順一との間に床を取らせようとすると、秋子は自分を真中にしてくれと云った。彼は女中と二人で秋子の床を室の真中に引張った。その後に自分の布団を敷かした。いつでも起き上れるように、着物のまま布団にはいった。
 秋子は腹痛が遠のいていた。その代りぐったりしていた。
「気分はどう?」
 暫く返辞がなかった。眠ってるのかなと彼が思い初めた頃、低いゆるやかな声がした。
「いくらかいいようですわ。」
 彼はもう話しかけない方がよいと思った。彼女の額にのっている氷嚢が、びくりびくりとかすかに震えるのを見て、その脈搏の数をはかろうとした。ゆっくりした力強い脈搏のように感ぜられた。
 このまま落着いてゆけばもう大丈夫だ!
 それで安心して、疲労のためにうとうととした。
 夜中にふと眼を覚すと、順一の泣声が耳についた。秋子が半身を起して、襁褓《おむつ》を取代えてやってる所だった。彼はがばとはね起きた。それから牛乳を沸して飲ましてやった。
 順一も秋子も眠った。彼も最後に眠った。
 
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