一層はっきりと否定した。けれど彼女にも結局分らないらしかった。
 女中が牛乳と薬とを取りに行ってる間、産婆は残っていてくれた。
 腹痛が不規則に襲ってきた。秋子はもう身を※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]きはしなかったが、眉根に深い皺を寄せ歯をくいしばってるので、それと知られた。
「苦しい?」
 彼女は何とも答えないで、彼の顔をじっと見返した。かすかに微笑を浮べようとしてるらしいのが、筋肉が引きつって泣顔になっていた。
 産婆がしきりに秋子を慰めてくれた。しまいにその言葉が途切れると、順造は俄に不安な恐怖に襲われた。室の隅に押しやられてる子供の方へ行った。その寝顔を見て、また秋子の方へ戻ってきた。
 女中が帰ってくると、牛乳は産婆が調合して、それから子供に飲ましてくれた。秋子の盲乳《めくらぢち》によりも一層安々と、護謨《ゴム》の乳首に吸いついて、咽せるほど吸っている子供の様子を、順造は涙ぐましい心地で眺めた。秋子も首を伸して、その方を眺めていた。
 産婆は十一時が打つと帰っていった。それを送って門口まで出た時、順造は急に夜気の冷たさを感じた。空を仰いで冴えた星の光を見ると、
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