ととした。近所の電話をかりてかけさせると、すぐに行くとの返辞だった。
 秋子はまた腹痛を訴えだした。産婆の指図で、腹部に温湿布をし、頭に氷嚢をあててやった。痛みが去ると、彼女はまたうとうとしていた。
 すっかり夜になってから、坪井医学士が来てくれた。胸部の聴診の時に、以前呼吸器の病気をしたことはないかと聞かれた。肺尖加答児をやったことがあったね、と順造は秋子に尋ねた。秋子は首肯いた。然しその時もう医学士は、腹部の診察にかかっていた。産婆が側についていてくれた。子宮の内診の時に、順造は座を外した。
 診察が済んで、女中が茶を持ってゆく時、順造はまたその室に戻った。
「病名は今の所まだはっきりしませんが……明日まで経過をみたら大抵確定するつもりです。」と医学士は云った。「然し熱が高い間は、兎に角授乳は控えといたが宜しいでしょう。」
 明朝までに便《べん》を少量届けてほしいと頼んで医学士は帰っていった。
 産褥熱! 非常に恐ろしい病気のように聞いていたその名が、順造の頭に閃いた。彼はそっと産婆に尋ねた。産婆はそうらしくはないと答えた。それでは窒扶斯《チブス》かも知れなかった。然しそれを産婆は
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